カテゴリ:≪日々のできごと・思ったこと≫( 80 )

2014年 12月 18日
香港に到着!
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香港に到着しました!

早速食べたポークバラエティーラーメンがお腹の中で踊っています!

短い滞在になりますが、的確に学んできたいと思っています。
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by konakadaichi | 2014-12-18 00:43 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(2)
2014年 09月 26日
三十歳最初の文章
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 三十歳になったのだけど、その実感はあまりありません。ただ、タイミングというのもあるので、近年の活動を中心に少し振り返って文章にしたいと思います。三十歳最初の文章として、記します。
 これまでの時間を振り返ってみると、すごく進む時期とそうではない時期を繰り返しているように思います。その繰り返しの中、あがき、ときにジャンプしながら、その時間を行く中で、それは何年何年と経っているので、気付けば歳は増えているわけです。高校を終えるまではもっと平らでした。二十代の時間は、このような起伏を持ったイメージで進みました。
 その中の一つの波のことです。それは何度もあった波のひとつ。でも近年を測るとその波は重要なこと。その時期は、時間が極端に足りず、少し前が見づらくなっていたときでした。仕事の落ち着きの中その時期が終わり、2013年の夏、そして秋に、広島県尾道市の瀬戸田地区、生口島にてプロジェクトを行いました。
 夏の活動は、大きなひとくくりのイベントがあり、その中の一存在として僕に何ができるか、というものでした。形成途中のイベントの中、人と出会います。当時今以上にヒゲもじゃの僕は、最初、進みにくいコミュニケーションに出会うときがありました。でもそのときに、作品集を取り出し、小さな鉛筆ゴブリンの入ったケースを取り出し、見てもらい、反応をいただき、その後の関係がどんどん理解へと進むことがありました。程度はあったと思うのですが、そのことはその島での僕という存在を示すために、とても大切なことだったのです。この夏の島での活動では、僕は何者か、ということを見つめながら時間を過ごしていたような気がします。
 僕は、僕だけで僕である。僕は、作品ととともにあって僕である。このふたつのことは同じ。ただ作品や活動とともに僕を見ることは僕の理解への近道だということ。でも僕がつくらないにしても、僕の延長線上には僕しかいなく、理解の先には辿り着くということ。このように思考が回った背景には、それまでの時間の無かった時期にしぼんでいた思考が開放されたこともあったのだと思います。
 瀬戸田との関わりは続き、10月には耕三寺博物館からのお誘いをいただき、ゴブリンメインの活動を行いました。島中に巨大ゴブリンのインスタレーション作品を設置しました。その時に興味深かったことは、プロジェクトが進むにつれて、僕という存在が透明になってきた気がしたこと。透明だけど、ネガティブじゃない感じ。言い出した僕についてきてくれた仲間が、鈍足な僕を追い越して前に行き、舵を力強く握ってくれていたイメージ。僕も走ったけど、仲間の力は強く、頼もしいものでした。作品がかたちになったということは、確かにそのとき皆の力が合わさった証拠だと思います。そういった瞬間瞬間がとても愛おしいです。瞬間を永遠と感じることがあります。博物館に残していった倉庫ゴブリンは、一年経ってパーツを付け替え、また新しい表情を持ったそうです。今度は、僕は確かにその場にはいませんでした。昨年の瀬戸田での一連の関わりは、僕にとってのまた一つのジャンプでした。近年の活動の中での大切なジャンプ。
 そのジャンプで浮いたからだはまだ浮いているよう。今年は筑波大学の学生に本当にたくさん助けられながらつくっています。彼らがいなければ成り立っていないプロジェクトは多々。ゴブリンは僕の側にはあるけど、僕のものではないという考えを持つようになっています。2005年に「ガッコーゴブリン」をつくったときには気づいていませんでした。2010年に島根県雲南市塩田地区につくった山ゴブリン、川ゴブリンのことも考えます。小学校の裏のその山に見守られながら育った人々、日々その川のせせらぎを聞きながら生活する人々の側に表したゴブリンを、住んでいる人々以上に僕が思い入れているでしょうか。表現に着目すれば僕の思い入れは強いですが、その物々の本質への思いはかなわないのではないでしょうか。ゴブリンは、その場や物にピントを合わせ、気持ちを確認する架け橋となる存在とも言えるのかもしれません。そのことは、今年の7月に行った酒直小学校のタイヤゴブリン等の校庭ゴブリンでもそう。明確な思考とはなっていないかもしれませんが、感覚的にでも子ども達に伝わっていてほしい。閉校となる小学校を、いつもよりぐっと見つめてあげたことに、きっと学校は喜んでいるよ。
 また、ゴブリン制作の中には要素がいくつかあり、その程度のバランスは各プロジェクトで異なります。7月に筑波メディカルセンター病院の壁画「さくらゴブリン」は、その比重が対象となる物々の本質というよりは、作品を介在したコミュニケーションに寄っているものです。この点は、2009年の「ゴブリン博士の病院ゴブリン」で僕に降り注いだもの。ガッコーゴブリンで始まったゴブリン制作のステージは、病院ゴブリンで次へと上がりました。そのための軸となった要素が、コミュニケーションです。その後思うことなのですが、考えてみればガッコーゴブリンでも展示会期中は観覧者とのコミュニケーションに溢れていました。そして、その学校での展示中、一人の子どもが僕をこう名付けて呼んでくれました。「ゴブリン博士」と。
 まとまっていない部分がありますし、これから考えが変わっていく部分もあるかもしれませんが、三十歳になった僕が、今、思っていることです。2005年よりも、2009年よりも、このゴブリン制作活動のことが分かってきていると思います。またこれから先、もっと分かっていくのかもしれません。三十歳になる直前に、イギリスでも活動を行うことができました。活動の場ももっと広がっていくのかもしれません。
 たくさんのお祝いのお言葉ありがとうございました!お祝いの会もみんなありがとう!写真は、酒直小学校のゴブリンと僕です。
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by konakadaichi | 2014-09-26 23:43 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)
2014年 07月 05日
香川にて
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香川県に来ています。
海の景色を見て、去年見た瀬戸田の海を思い出しました。
夏と秋の、広島県瀬戸田の島での活動を思い出し、ドキドキが蘇っています。
たくさんの記憶をいただきました。

また同じ季節が始まります。
今年の夏も、いくつかのプロジェクトに取り組みます。
今この地に来れたことは、いいタイミングだったと思います。
イメージして、先の企画のプラン立てを毎日行っているのですが、肝心なところはシンプルなんだということを忘れないようにしていきたいです。
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by konakadaichi | 2014-07-05 11:34 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)
2014年 06月 19日
わくわくナイト
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ふかふかチェアー。

まんまるテーブル。

聞こえてくるのは、

にほんごレッスン。

すずしい今夜は、

わくわくナイト。
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by konakadaichi | 2014-06-19 19:40 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)
2014年 05月 04日
グリーンフェス!
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by konakadaichi | 2014-05-04 11:40 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)
2014年 05月 03日
わくわくロード
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by konakadaichi | 2014-05-03 12:32 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)
2014年 04月 18日
変わらない景色を歩く
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by konakadaichi | 2014-04-18 18:29 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)
2014年 03月 29日
やったぁ!
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バスの時間を間違えたから、駅まで歩きました。
ラッキー!
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by konakadaichi | 2014-03-29 16:28 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)
2014年 03月 26日
卒業式の空
今、真夜中の作業の中、
優しい声の、ちょっとした青春ソングを聴きながら、
今日、卒業式だった友達のことを少しづつ考えていきながら、
ほろりとしています。
今キーボードに向かう中でも、思いめぐるよ。

お世話になったみなさま、本当にありがとう。
これからのご活躍を願っています。


たぶんいろんなことは、シンプルだから。
今日の天気、めっちゃ晴天は、空からのお祝い!きっと!きっと!!
だから大丈夫!!

また会いましょう〜!
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by konakadaichi | 2014-03-26 01:57 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)
2014年 03月 22日
福井旅
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どうして人は旅に出る?

福井に来て、広い庭のある古い邸宅を見学して、板の間の冷たさを足で感じ、池とその奥の木々を見て、
その後、電車から見える遠くの山々の輪郭を、日本画の技法のようだと少し考えていたときに、
自分自身の存在が日常から、薄いレリーフの凸部のように少し浮き上がったような感じがし、その時、少し旅を感じた気がしました。

日常から離れ、自分が今、居ることを確かめる行為、なんて。

中くらいの浴槽の中、口の下くらいまで湯船に浸かっているときにも、そんな気持ちになりました。

そういうことを思わない旅は多いけれど、今回の旅はなんだか。
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by konakadaichi | 2014-03-22 13:02 | ≪日々のできごと・思ったこと≫ | Comments(0)